2013/07/14

Sedona 4日目

エアポートメサの日の出



6月の日の出は朝の5時15分

私達は朝5時前に起床し、
急げ急げ!とエアポートメサを駆け上がる。
息を切らして頂上に到着し、誰も居ない事を確認すると
「やったー貸し切り状態だねー贅沢だー」と大喜び。
更なる歓喜の時を最高の状態で迎えるべく、軽い瞑想で心身を落ち着けるも、
一向に空は白まず。
 あれーおかしいなー?
とただ待つ事にも飽きてきたそんな頃
ぽつぽつと、そしてどんどんと人が集まり始める
エアポートメサに到着してから30分、40分、いや50分?
ようやく東の山の向こうからドーム状の光が満ちてきた。

朝日@エアポートメサ
太陽がゆっくりと顔を出し、セドナの町に光の筋が走る
一日の始まり
朝が来た


その温かい光に照らされて
待ちぼうけて冷えていた体が一気に暖まった時
 生きている事に感謝しました
ただありがたくて、ありがたくて
心が洗われました


太陽の陽を全身に浴びながら
ここでは日本の家族にヒーリングを送りました。
セドナからの強力な遠隔ヒーリング。

そう、
このエアポートメサも4大ヴォルテックスの一つ
道路脇、すぐ側にある、一番登り易いヴォルテックスだと思います。

しかし、 太陽は一度顔を出し始めると、そこからは一気に昇るんですね。
日の出時刻から山の裏側に到達するまで
一体何をしてたの?
と聞きたくなる程のスピードで。

日の出予定時刻ちょうどに行かなくていいんですね。
走らなくてもいいんです。
今思うと、寝坊したーっ!と2度寝した前日も、
余裕を持って朝日を拝めていました。
また一つ賢くなりましたね:D Yay!

エアポートメサを下りる頃にはもうすっかり朝
この写真は気球から朝日を見るアクティビティーか何かでしょうか?
可愛かったので撮ってみました:)
セドナの朝:気球

ホテルに戻って、軽い朝食。
その後、地に足が着かないというか、フワフワ浮いた感覚がする
というお母様をレイキで整える。
すると今度は喉に固い筋が張った様な感覚があったと言うので、
それを取り除くべく、もう一度ヒーリング。
楽になったみたいで安心しました。

その後この日のプランとルート決め。

お母様の希望だった、インディアンのホピ族の保留地ツアーは
ツアー会社と連絡が着かずにまず断念。
まあそれでも、行ける所まで行ってみようと言う事で、
セドナからホピ族の土地を廻ってから、
3時のアンテロープキャニオンツアーに行く事にしました。


*ネイティブアメリカン保留地とは*
簡単に説明すると、白人に土地を追われたインディアン達は、ここなら住んで良いよと、とても住むのに不適切な荒野の土地を与えられました。それを保留地と呼びます。
有力な部族の保留地では、自治権が強く1つの国家のようになっているそうです。
(Wiki-インディアン居留地-より)


それでは、
89号線をフラッグスタッフへ51km
その後 180(40)号線に入りウィンズローまで93km
もうこの辺り一帯は広大なナバホ族の保留地になっています。

 何処まで行ってもこの景色
他の車にも殆ど出会わず
あの丘を越えたら何があるかなーと思っていると、
丘を越えても、また次の丘への一本道が続くだけ。
これが10回以上繰り返されます。
が、
話しに花が咲いている私達には
全くもって問題にはならないのでした:)


暫くドライブを楽しんでいると、頼れるナビ係の友人が
インディアンミュージアムらしきものを発見。

よし、ここに行こう!

しかし私が挙動不審になってる間に入り口を通り過ぎてしまいます。
 みんな気を使って「大丈夫、また違うとこ行こー:)」
と明るく励ましてくれたけど、やっぱり...
なーんにもない所で、手に汗握って、決死のUターン!

今思えば、ここが運命の分岐点。

場所は多分ウィンズローを87号に入ってしばらく走った左手だったと思う。
名前はー...忘れた。
インディアンの遺跡があるとかなんとかミュージアム。
ここでは建物の中に入って彼らの歴史を読んだり、お土産を買ったり。

ここで賢い友人がセンターのお兄さんへ質問。
ホピが崇拝するカチーナという精霊たち、セドナにもカチーナウーマンという岩があるけど
何か関連するものがあるのでしょうか?
お兄さん答えられず。
後にホピについて読みあさり見つけた情報では、
カチーナウーマンとは、ホピの守護神だとか。
ちゃんと繋がっているんですね。
インディアンの遺跡があるとかいうミュージアム:場所確認しときます
突如女性スタッフが現れ、
「あなた達ラッキーね、今日ホピ族が踊りのセレモニーをしているからセカンドメサへ観に行くといいわよ。」と。
行き方を説明してくれて、セレモニーのルールも説明してくれました。


*ホピ族セレモニーでのルール*
ケータイ、カメラ、ビデオ、レコーダーの持ち込み絶対禁止。(車に置いて行くように)
 もし見つかって没収されたら、その物自体返してもらえないと。
肌の露出を控える:半袖、短パン程度はOK、肩、お腹の見える服装はNG
セレモニー中、食べ物や何かを頂いた時の作法:それを両手で挟み、口、眉間、胸、口、と手を持って行って感謝を伝えてからいただくように。


ホピ族の踊り?
なんだかよく分からないけど、彼らのお祭りが見れるんだね!
と 87号線を北上
264号へ左折してセカンドメサを通過

これは〜セカンドメサで撮ったものかな?ホピランドのマックです♪
大きな鉱山のような岩山をぐるっと登って
ションゴポーヴィ(Shongopovi)を左折
(この道路標識は50m手前位に立てられているので注意)
舗装されていない土の道をゆっくり進みます。
周りにはレンガで作られた小さな家がぽつぽつ
「これ本当に合ってるのかな〜?」
と半信半疑で進んで行くと、奥に駐車場らしきものを発見!

車を止め、カメラ、ケータイをダッシュボードに入れ、上着を羽織り
外に出ます。

その瞬間、私達は完全に部外者だと感じました。
恐る恐る人の流れに付いて行くと

お面は白だった記憶が。雰囲気、目の感じは似ています
急にこんな人に遭遇して

私は息を飲み、固まりました。
「決して怪しい者ではありません。」
と、とっさに心の中でつぶやきます。
 迫力としては、秋田のなまはげのような感じでしょうか?
辺りをじーっと見回したかと思うと、また次の場所へ走っていってはじーっと。

私達は駐車場に来た道を右に入り、ホピ族の住居地を進みます。
ジロジロと見られる視線を感じながら
レンガ作りの家の2階へ掛かるはしごを登ります。
 その先に見下ろした光景は異世界でした。
ホピ族のセレモニー。私達が見たのも、レンガの家に囲まれたこんな広場
ホピ族の家は四角形のとても簡素な作り
窓が割れていたり、崩れている家もそのまま放置されていたり、
気にしてないんだろうな〜という感じ。
とにかく下の絵の様に家々の屋上で100人を超す観客がセレモニーを見守っていますが、
床というか、屋根がね、揺れるんです。人が通る度に。
まして子供が走った時には軽いトランポリン状態でヒヤヒヤ。
ざっと周りを見渡したところ、外部の人間は私達3人の他にもう1人白人男性だけでした。

ホピのカチーナダンス;ウェブからのイメージ
バスケットコート程の広場に
左の人形のように着飾った80人程の男性が2列になって輪を作り
右、左、とステップを踏みながら
一つの太鼓に合わせて同じ旋律を延々と歌います。

片腕を青、もう片方を赤に塗り、
真っ黒な長い髪のカツラに真っ青のお面
右手にマラカス、左手には何かの緑の葉が茂った木の枝
白い腰布の上部には赤いライン、
後ろには腰から狐の毛皮(頭からしっぽまで)を垂らし
膝下を紐で縛った皮のブーツ(モカシン)
後頭部からは白に先がオレンジの羽

輪の中には、場を和ませる道化師と言って、頭に風船を付け、
背中におのおのメッセージを書いた男性陣が観客にお菓子かなにかを配っています。
"I love gummy bear!"
クマのグミ大好き!と書いてる男性も:D 
男性の装飾はこんな感じ:もっと土臭いですが

ビッシリと隙間無く2列に並んだ半裸の男性陣が、
変拍子の入ったリズムに合わせて前屈みで足を鳴らし、
黒い長い髪を左右に揺らしながら歌う光景は、
とにかく見た事の無い圧倒的な異様さと
戦いを前に高揚した男性エネルギーの様な色気に満ちて
言葉を失いました。


「このセレモニーはどれくらいの頻度でやるの?」
と隣で観覧していたホピ族の若者、ジェシーに聞くと
基本的にスケジュールは決まってなく、必要を感じたらやるんだと。


そして 何の為の儀式なのか?何の為に祈っているのか?
と聞くと

”全てだよ、全ての生命、全てに。
あなた達は何処から来たの?日本?
僕たちホピ族は国籍も人種も関係なく祈りを捧げているんだ、あなた達の国、日本へもだよ。”


言葉に詰まりました。
土地を奪われ、乾ききった荒野に追われてもなお、ホピ族の伝統と言い伝えを守り
中には、電気や水道を使わない生活を選び、
この小さな広場で朝から晩まで地球の為に祈りを捧げていてくれた人々がいたなんて
今まで知りませんでした。


”平和の民”という名のホピ族は、蛇を手なずけて踊るスネークダンス、
そしてその予言でも良く知られているみたいですね。
かつて一族の長が環境破壊や破滅に向かっている地球を危惧し、
NYの国連に出向いて予言についてのスピーチをした事もあるそうです。
そして、広島、長崎に落とされた原爆に使用されたウランはこのホピ保留地で掘られたものらしく、
ホピのシャーマンは今も原爆被害にあった地を訪れているようです。

導かれる様にたどり着いたこの地で見たもの、感じたもの、今でも忘れる事ができません。
アンテロープキャニオンツアーの予約が入っていた為、
私達は30分程でこの地を後にしました。


*覚え書き*
私達が6月9日に見たダンスはRedbeard(レッドビアード:赤髭)ダンスというものらしい。
夏の間はだいたい土日にカチーナダンスのセレモニーを行っているとの事。
事前にセカンドメサのホピ カルチャーセンターに電話すると情報を貰えます。
もうすぐカチーナダンスの最後のダンス、Home Danceが行われるとの事。
どうしても気になって、今日カルチャーセンターに電話して聞きました。


興奮冷めやらぬ中、264号を北へ117km
160号線とぶつかった所にある町
テューバシティのナバホミュージアムへ立寄り
ホピのCDを購入。
これはナバホ族の居住区かな?
急ごう急ごう、3時に間に合わないー!
と160号から89号線へのドライブ、85km
ツアーデスクのあるページ町へはあと30分程。
間に合うかなーと思った所で
.......あれ?

ひえぇぇええぇぇぇーーーーー???
道が封鎖されてるーーーーっ!!!


ツアー会社に即電話した所、
「言ったでしょ、昨日電話で。」と。
えー聞いてないと思うんだけどなー。でも私の英語力も電話ではガタ落ちするしなー。
リスニング力の強化を心に誓うも、 凹みに凹んでいると、
お母様が一言、
「だいじょーぶよ、チコちゃーん、今日はホピを見に此処まで来たのよー。
今からセドナに戻って、また明日の朝アンテロープに出発しましょー:D」と。
友人も笑顔でフォローしてくれて、本当に2人の優しさに助けられました。


*セドナからアンテロープへの道順*
2013年6月の時点でまだ道路は工事中。
89号を北上160号に入り21号を北上して98号へ左に入ってPage町へ到着
この道順が最短です


そして今度は車をセドナに向かって走らせましたが、
ここで冷静に考えてみます。
セドナからページまで、今日辿ったルートで450km
明日辿る最短距離でも350km

これを日本で例えると、
”東京から車で京都へ行きました。しかし予定は翌日名古屋に変更になりました。
なのでまた東京に戻って、翌日早朝に名古屋へ出発しましょう。”

 これを何の疑いもなくやってのける私達って...。
アメリカの広大な土地は人の感覚をここまで変えてしまうんですね。


帰り道、89号線沿いに見かけるナホバ族の露店に立ち寄る。
小さな小屋のテーブルの上には、ターコイズ&シルバーのアクセサリーや
馬の毛を混ぜて焼いたとてもユニークな陶器の壷なんかが置いてありました。
今日の経緯を話すと明日のルートの近道が使えるか教えてくれて、工事が終わっているか確認までしてくれました。
大失敗の後は人の親切が胸に沁みます。
ナバホのおじさん、ありがとう;(
小さな竜巻もあちこちに
帰りの車中では行きにも聞いていた、
お母様が好きな、中村文昭さんの講演の続きを聞き、
みどりちゃんに泣いて、鶏肉ビンタに笑い、そうそうと頷いて、あっと言う間にセドナに到着。

その後、1日目からずーっと気になっていたSon Silver West(サンシルバーウェスト)という
可愛い雑貨、家具、お土産屋さんでお買い物。
Son Silver West
外装は古い看板で埋め尽くされています
この日の夕食はスーパーマーケット、ニューフロンティアの隣にある中華料理屋さんで。
1日の出来事を1つ1つあーだったよね、こーだったよね、夢じゃないよね?と確認するかの様に話しをしました。

食後のフォーチュンクッキーのメッセージ(クッキーに入ったおみくじ)がまた素敵。

"God can heal a broken heart, but he has to have all the pieces."

神は傷ついた心を癒せるが、彼は全ての欠片を持っていなければいけない。
全ての破片が無いと、神でさえ壊れた心は直せない。
ん〜訳がとても下手ですが、
良い事も悪い事も全て受け入れてこそ前に進める、というところでしょうか。


明日は念願のアンテロープキャニオンリベンジ。
5日目へ続きます。

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